士道館とは

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士道館が歩む道

士道とは、自分の選んだ道に命を懸けることだ

人には全て士道がある。学生には学生の、社会人には社会人なりの士道があるはずだ。 自分における士道とはなにかを見極めることから、男が、男として生きる道が開ける。 自分が守るべきものは何か?自分が得ようとする物はなにか?その大義名文に、いかに全身全霊でぶつかっていくことができるか? 結果が問題なのではない。大義名分に命を賭して、死を覚悟して戦うことが大事なのだ。だから、死を覚悟することは、いかに立派な男として生きるか?ということと同じだ。 "生死一如"の覚悟が士道の基本なのだ。 戦いというものは非情なもので、両者が戦えば一方が勝ち、一方が負ける。だから、戦いに臨めば、あるときは勝利を納めるかもしれぬが、あるときは負ける。その覚悟が必要だ。 格闘技の最終目標が強くなることであり、人に負けぬようになることであっても負けることを恐れては、強くなることができない。 恐れなければならぬことは、真実の強さを白日のもとに知らしめる戦いの場から逃げることだ。 自分の慣れ親しんだルールや団体の中で、戦っていても、確かに強くなる。が、いつまでもその枠から出られなければ、限界が来る。 大きな意味での格闘技の真実の姿を知るのに、限界が来る。真実の格闘技を追求しようという大義名分を揚げたいならば、負けることを恐れずに戦いの場に挑み続けるしかない。これが士道だ。 勝とうが、負けようが、全力をその場で出し切ることが、己の士道を全うすることなのだ。 今後も、士道館は様々なジャンルの格闘技に挑戦を続る。 戦いは常に五分と五分。士道館の選手がかつときもあれば負けるときもある。 それで良い。士道に背くことのない雄々しい戦いを続けていれば。

館長 添野義二

添野館長昭和22年9月29日埼玉県所沢市生まれ。幼少の頃より柔道・剣道を学び高校1年生の時に大山道場(現極真会館)に入門。
その後、城西大学に入学し空手部を設立。空手と共にキックボクシングの修行にも励み、デビュー戦からメインイベンターとして活躍する一方、「第1回全日本空手道」で準優勝。
その後第2回大会で3位、第4回大会で5位に入賞。その活躍ぶりに「城西の虎」「極真の猛虎」と呼ばれ、本場バンコクでムエタイの修業、アメリカで空手の修業をする。1969年極真会館「添野道場/そえのジム」を開設。

自身の新たな武道を求め1978年「世界空手道連盟士道館」を設立。

武道として空手道、そして武士道精神(サムライスピリッツ)という日本の伝統文化を海外に広め、現在では全世界68支部に公認道場をもち、1年の半分以上を海外で指導にあたり、国内では活動拠点を伊豆の大室山一騎道場に置き、指導と自身の修行に汗を流している。

士道館の歴史

士道館の歴史現館長 添野義二が、1978年「世界空手道連盟士道館」を設立。同年 11月、第一回士道館杯争奪空手道選手権大会を開催。以降、活動の舞台を世界に広げ、現在では世界60ヶ国以上に支部を置く。士道館の歴史のページにて、これまでの歩みをご覧になれます。

歴史ページはこちらです。

士道館の歴史

役員紹介

最高顧問 佃弘巳

最高顧問

佃 弘巳

(HIROMI TSUKUDA)

最高相談役 藤平和雄

最高相談役

藤平 和雄

(KAZUO FUJIHIRA)

士道館理事長 関根信男

士道館理事長

関根 信男

(NOBUO SEKINE)

副館長 添野達一

11番隊隊長

添野 達一

(TATSUICHI SOENO)

技術顧問 五十野俊男

技術顧問

五十野 俊男

(TOSHIO ISONO)

その他役員

  • 師範協議会 議長植野 次郎
  • 館長室長瀬〆 誠
  • 懲罰委員長横山 千明
  • 懲罰副委員長高岡 堅一
  • 1番隊隊長飯島 三治
  • 2番隊隊長佐藤 堅一
  • 3番隊隊長辻内 健志
  • 4番隊隊長大久保 義家
  • 5番隊隊長立野 貴成
  • 6番隊隊長荻野 真介
  • 7番隊隊長植野 次郎
  • 8番隊隊長永見 恒雄
  • 9番隊隊長土橋 雄二
  • 10番隊隊長高岡 堅一
  • 士魂隊村上 竜司
  • 相談役会水谷 竜一
  • 相談役会小林 修
  • 闘氣委員長増子 進
  • 顧問小野 達也
  • 伊豆武人会 会長友利 亜名
  • 伊豆武人会 副会長勝又 敏郎

道場訓

道場訓

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